مشاركة

血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる
血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる
مؤلف: あさじなぎ

1 美しい皇帝

مؤلف: あさじなぎ
last update تاريخ النشر: 2026-01-07 12:51:45

美しい皇帝のもとで、ひそかに血と陰謀にまみれた事件が起きていた。

ここは、龍虎帝国の宮殿内にある女官たちの寮。

私、雪華シュエファが蒼龍《ツァロン》皇太子とその部屋に入ったとき、まず目に飛び込んだのは床に転がる血まみれの死体だった。

年配の女官は腹を大きく切られているらしく、そこから流れ出た大量の血が、床に血だまりを作っている。

虚空を見つめる瞳には、すでに光がない。

室内に漂う濃い血の匂い。

死体を見て、私は思わずぶるっと震えた。

「シュエファさん……壁を」

若き皇太子殿下の怯えたような声を聞き、私は顔を上げて壁を見た。

白い壁に書かれた血の文字。

被害者の血、だろうか。赤黒く変色した血で、こう書かれていた。

『次は、お前だ』

それは警告だろう。お前が誰を指すのか。そんなのひとりしかいないだろう。

何せ殺された女官は皇太子殿下に仕えている女官だから。

「また僕のせいで……」

皇太子殿下の悲痛な呟きが聞こえてくる。

宮殿内で起きた二度目の殺人。

狙いが皇太子殿下なのは確かなようだ。

それが始まったのはずっと以前からだろう。

今から十二年前――

街は華やかに飾られて、色んな色の服を着た女性たちが歩いてる。

今日は新年。

帝都では、宮殿で新年の一般参賀、っていうのが開かれる。

「シュエファ、はぐれないようにね」

お母様が、私の身体をそっと引き寄せる。

十歳の私には周りの人皆大きくて、埋まってしまいそうだった。

だから私はぎゅってお母様にしがみつく。

私もお母様も、姉妹たちも皆着飾って宮殿へと向かう。

紅の上衣に、薄紅のスカート。お母様が私の髪を結ってくれて、つまみ細工のお花のかんざしをつけてくれた。

皆がおしゃれ、する理由は新年のお祝いで皇帝陛下がおでましになるからだって

私がこの一般参賀に参加するのは初めてだった。

だから今、すっごくドキドキしてるの。皇帝陛下、どんな方なんだろう。

綺麗な皇帝陛下。偉大な皇帝陛下って皆呼んでるから、私、すっごく楽しみなんだ。

私はわくわくしながらお母様たちと一緒に一般参賀の列に並ぶ。

周りにいるのは大人の女性ばかりだった。だからかな、すっごくいい匂いがした。

だってこの国、女の人ばっかりなんだもの。

だからお父様はひとりだけど、お母様はたくさんいるんだ。

男の人がすっごく少ないから。

皇帝陛下は男だ。奥さんがたくさんいるんだって聞いた。でも男の子が生まれたらもう、奥さんを増やせないんだって。

変なの。女の人たくさんいるんだから、いっぱい奥さん、迎えたらいいのに。

「陛下は女遊びが酷いらしいわねぇ」

「知ってる? 孔《こう》家の女性が皇帝のお手付きになって子供産んだって噂」

「あれ、夏《か》家のだと聞いたけど?」

なんて話が聞こえてくる。

何の話してるのか分かんなくって、私は変に思いながらお母様に張り付いていた。

列はどんどん進んで行って、宮殿内へと入っていく。

宮殿の広場には、たくさんの人たちがいた。

赤い壁の大きな建物に、大きなバルコニーがついているのが見える。

あそこに陛下が現れるのかな。きれいな服着た人が、なんか控えているみたいだ。

広場に立って、私たちはその時を待った。

「きゃー!」

っていう、悲鳴が響く。

宮殿の上に龍がいる。青く輝く鱗を持つ龍が。

「あ……」

すごい。

青龍は、宮殿の上に浮かんでこちらをじっと見下ろしていた。

そしてバルコニーにたつ人影を見つける。

白い、大きな虎を連れたその人は、黒い上衣をまとっていて、すごく……綺麗だった。

あの人が皇帝。

すごい。

陛下がでてきたら皆、しーん、て静まり返ってる。

「今年も新年を迎えられ、皆には感謝申し上げる」

凛とした声が、広場に響いた。

すごい広いのに、すごく声、聞こえてくる。

あの人が皇帝陛下。

私は呆然と、そのきれいな姿をじっと見つめていた。

成長して実感しけど、あれはひと目ぼれだった。

だから私は皇帝陛下のおそばに仕えようと勉強をし、訓練に励み、二十歳で国のエリートである女ばかりの紅龍騎士団に入団。

二十二歳になった今、第二師団の団長にまでなった。

隣国、カルトゥールとの数年に一度起きている小競り合い終えた私たちは、半年ぶりに美しい首都、紫雲に帰る。

「お帰りなさい!」

「帝国の誇り!」

という、民の声が私たちを出迎えてくれた。

今日のために、私たちは鎧を磨き、皇帝陛下からは真新しい外套をいただいた。

それをまとい、我が第二師団と第三師団は、紫雲の大通りを歩く。

風が吹くと、外套の裾がたなびき壮大な雰囲気を醸し出す。

騎士団は、私を含めてほとんどが女性。

そして私たちを出迎える民も女性ばかりだ。

女性が国を支え、女性が国を守るために戦う。

美しいこの国を、皇帝を守るのは私たちにとって誇りだった。

人々の歓声を浴び、私たちは宮殿へと入城する。

幼い日、バルコニーに立つ皇帝陛下を拝見した広場に整列し、私たちは待った。

「皇帝陛下のお成りです」

という、年配の女官の声が響く。

すると、黒に金色の龍が刺繍された外衣をまとった皇帝陛下が、広場へとお出ましになる。

ザッ。

と、一斉に騎士団の者が頭を下げる音が響く。

私ももちろん、みなと同じように陛下へと頭を下げた。

「頭を上げよ」

凛、と広場に響く声に、私たちは同時に頭を上げる。

あの日、遠くから見ただけの皇帝陛下が、今、とても近くにおられる。

私は胸の高鳴りを覚えつつ、じっと陛下を見つめた。

太陽に照らされて輝く黒い髪。鋭い眼光が私たちを見つめている。

もう四十だというのに、皇帝陛下は今も変わらず威厳と美しさを兼ね備えている。

「第二師団、第三師団の騎士たちよ、ご苦労だった。カルトゥールを見事退けてくれたおかげで、しばらくは平穏になるだろう」

そうであってほしい。

でなければ私たちの犠牲が報われないから。

「皆、疲れただろう。ゆっくり休むがよい」

その言葉を聞いて私たちは再び、深く陛下に頭を下げた。

皇帝陛下が立ち去る音だけが響く。

足音が消えたとき、私たちは身体の力がすっと抜けた。

「そうしたらシュエファ」

第三師団の団長が私に声をかけてくる。

「そうね。皆、ご苦労だった。帰ってゆっくりしてくれ」

全員に聞こえるよう、私は声を張り上げる。

「皇帝陛下から皆様へ褒美がございますので、あちらへどうぞ。この者がご案内いたします」

女官の言葉に、皆が歓声を上げる。

「褒美ですって」

「何かしら」

戦場では虎と龍と恐れられる私たちだが、日常に戻ればひとりの女だ。

褒美、と聞けば期待するのは当たり前だった。

「ホ団長!」

女官が私を呼び、こちらへ来るようにと手で合図を送ってくる。

私は、走りだしたい衝動を抑え、ゆっくりと歩いて彼女に近づいた。

「お呼びでしょうか」

「陛下が、団長をお呼びでございます。こちらへ」

淡々と告げる女官は、私に背を向けて歩き出す。

私は彼女の後を追いかける。

陛下が私を呼んでくださっている。

そう思うと顔がほころびそうになる。体温が上がり、足取りも軽く感じてきた。

沸き上る衝動を抑えつけて、私は宮殿内へと入っていった。

استمر في قراءة هذا الكتاب مجانا
امسح الكود لتنزيل التطبيق

أحدث فصل

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   52 絡め取られていく

     殿下の誕生日の祝宴を終え、年末がやってくる。 宮廷内は慌ただしく正月の準備を進めていた。 その後、あのリン、という女官との接触はない。 彼女は皇帝陛下が住まう宮殿を中心に仕事をしているらしくを合わせるような機会がない。 見かけたところで気が付くか、と言われると微妙だが。見た目が特徴的ではないし。 その女官が皇帝陛下に仕えているため、殿下と面識があったから殿下は名前を覚えていたようだが。そうでなければ、印象にも残らないだろう。 私だってもう一度すれ違ったとして気が付くかといわれたらあまり自信はなかった。 祝宴から二週間近くが過ぎたある夜、湯を浴びたあとの習慣となった殿下とのお茶の時間。 隣に座る殿下は私に向かって言った。  「その後、例の女官の接触はないんですか?」「えぇ、とくには。そもそも私は陛下の住まう宮殿に行くことはそうそうないですから」 淡々と答え、私は湯気を上げる湯呑を手にする。 北の国から取り寄せた、というお茶はかぐわしい香りを漂わせている。「というと、父とも顔を合わせていないのですか?」 父、という言葉に一瞬私は手を止めてしまうが、なるべく平静を装い殿下の方を向き答えた。「えぇ、お会いしておりません。呼出もありませんし」 その言葉を聞いた殿下は心底安心した様な顔になる。 そんな顔を見せるのもどうかと思うが、殿下は心底皇帝陛下のことを毛嫌いしているようだ。「それならよかったです。父は……そもそも後宮があるのに方々に浮名を流していて、僕には理解できないです」 顔を歪めて殿下は言い、湯呑を握りしめてぐい、とそれを飲む。 ここ、殿下の私邸にいても皇帝陛下の女遊びの噂は尽きず、しょっちゅう耳にする。 どこの商人のお嬢さんと密会をしているとか、大臣の娘と懇意だとか。人妻を連れ込んでいるだとか。日頃の行いがおこないなので、どの話も本当のことのようにしか聞こえず、噂は広がっていくばかりだ。 私だってそんな女のひとりだった。その事を思うと私は殿下が抱く嫌悪感に何も言葉にできず、ただ黙ってお茶を飲むことしかできなかった。「このまま何も起きなければいいですが」 と言い、殿下は私の膝にそっと、手を置く。 殿下は最近、こういった接触を私にしてくる。 最初は驚いていたが最近は慣れてしまい、私は湯呑を机に置いてその手に自分の手

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   51 目撃者といもけんぴ

     私の呟きに殿下は肩をすくめて苦笑を浮かべる。「それは難しいかと思います。だってもし犯人に気が付かれたら命が危ないですし。この話だって、時間が経ったから出てきたのだろうと思うので」「そうですよね……そう思うと見つけるのは難しいか。でも、少しずつ話が表に出てくるかもしれませんから噂をたどるのはいいかもしれません。時間が経って、黙っていられなくなってくるでしょうし」 そうなったら敵は何か動き出すかもしれない。 殿下の私邸に忍び込むようなことはしないだろう、とは思う。なぜならこの私邸に出入りできる女官は限られているし、知らない顔があれば目立つからだ。それ以外にここに入れる女性は、殿下の母上くらいだろう。護衛の兵も自由に出入りすることはできないのだから。 そうなると、この中は安全と思って大丈夫だろうか。いや、ここに出入りする女官たちから鍵を奪われたら最後か。直接殿下を手にかけるような、愚かなことはしないと思いたいが。 そう思い、私は湯呑に手を伸ばした。 殿下も湯呑を手にし、不安げに瞳を揺らして言った。「あの、リンさんは事件に関わりがあるんでしょうか」「私を睨み付けていたのは事実です。私と彼女に何の接点もありませんから、あるとすれば殿下との関わりしかないかなと思います」 そう答えて私はお茶を飲む。香ばしい香りのお茶で、身体が温かくなる感じがした。「あの時のお茶、何か仕込まれていたんでしょうか」 呟き、殿下は湯呑の中を見つめている。 それは確かめようがなかったのでわからないが、どうだろう。あの状況で何か仕込んだら彼女は疑われるだろう。誰でも何かを仕込める状況でもあったからそうでもない、だろうか。 殿下の言葉に私は何も答えられず、黙ってお茶をぐい、と飲んだ。 殿下は何かを思いついたのか、ばっと顔を上げて微笑み言った。「もし仕込まれていたら、シュエファさんのお陰で危機を避けられたことになりますよね」「あぁ、そう、なりますね」 仕込まれていたら、の話だが。私は湯呑を置き、殿下が用意してくれたお菓子に手を伸ばす。今日のおやつはいもけんぴだった。甘い香りがわずかにしてくる。 殿下は湯呑を置き、お菓子を摘まんだ私の手を両手でそっと握ってきた。 驚く私に、殿下は頬を赤らめて言った。「ありがとうございます、シュエファさん」「え、あ……いいえ。あの、

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   50 不審な人物

     朝食の後、殿下は今日一日、私邸の中で過ごすというので私は自室に下がり女官たちの資料に目を通した。 昨日、私を睨んできたあの女官。確か殿下は、リン、と呼んでいた。 年代は多分三十歳前後。同じ名字の名前は何人もいたが、その世代の女官は数人しかいなかった。 そして、巳の家の推薦、となるとひとりだけだ。 林 氷蘭。年齢は三十二歳か。たぶんあの時お茶を運んできたのはこの女性だろう。 二十歳ごろに女官となって一度やめ、二年ほど前に戻ってきたらしい。 学校を卒業した後しばらく働いて、結婚や出産で辞めてまた復帰するのは普通なのでそれは問題ないが。普通は子育てが終わるころに皆戻って来る。三十歳で仕事に復帰するのは少し早いように思う。しかも女官の大半は、宮廷内の寮に住むことになる。小さな子供がいる状況でここで働くことを選ぶのだろうか。 そう思うとなんだか不自然な気がした。「でもまあ、子供を家族に預けて、ということもなくはないが」 そう呟き、私は机の上の湯呑に手を伸ばした。 子供がいるのか、ということまでは書かれていないが、夫はいるらしい。 疑わしい、と思ったら何もかもが怪しく見えてくる。 「昨日の祝宴から、動きがあればいいけれど」 そう呟くが、その動き、というものが誰かの死を伴うとなるとまずい。 私を襲ってくれた方が嬉しいのだが。 そう思ってお茶を飲み、私は資料を見つめる。「なかなか尻尾を出してくれないね」 そう呟き私は資料にある名前を撫でた。 その時、扉を叩く音がした。「シュエファさん、あのお話があるんですが」 殿下の声がして私はびくっと震えてしまい、頭の中に今朝の出来事がよぎる。 話、というのはきっと昨日のことだろう。昨日の今日で何か情報を得たとは思えないが。 いや、女官たちがなにか噂していたような気がするから、彼女たちから何か聞きだしたのかもしれない。 私は慌てて立ち上がり、扉へと近づきそっと、それを開く。 廊下に立つ殿下は、私の顔を見てぱっと、嬉しそうな顔になる。「あの、昨日の女官の事なのですが」 と言い、辺りをちらっと見まわす。 もちろんここには誰もいない。掃除はすでに終わっているし、用がなければ二階に女官たちは上がってこないのだから。「話をしたいのですが女官たちに聞かれたらまずいし、どうしよ

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   49 ひとりの部屋で

     殿下の部屋の前を離れて自室に入り、私は勢いよく寝台に寝転がった。 疲れた。 殿下の誕生日の祝宴。怪しい女官。殿下のおじい様の言葉。陛下の執着。そして―― 私は自分の唇をそっと指先で撫でる。 先ほどの殿下は、普段とは別人のようだった。 まるで肉食獣のような目で私を見つめていたが、あれが殿下の本質なのか? 陛下とはまるで違う、と思っていたがその本質は同じなのかもしれない。 私は、殿下の何を見てきたのだろう。 私は今まで皇帝陛下と何度も身体を重ねてきた。それは私が望んでのことだし、愛人であり遊びであることも理解していた。 なのに私は殿下と過ごすようになってから陛下から心が離れ、以前のようなときめきはなくなってしまった。 そして殿下の行動、言動に心を揺り動かされている。 私は仰向けに寝転がり、天井を見つめる。 「私らしくないだろう」 年下の殿下に振り回されるなんて。 自分で自分の感情がよくわからない。 けれど。殿下に口づけられて、私は拒否できなかった。「嫌では……なかったしな」 そう呟き、私は大きく息を吐く。 皇帝陛下との情事は嫌で仕方なかったのに。私の心はすでに殿下の所にあるのだろうな。そう自覚すると、一気に全身の体温が上がるような気がした。 陛下と関係を持ったうえで殿下とも? いや、それは私の倫理観が許さない。あってはならないだろう。 いくら殿下に皇帝陛下との関係がばれてしまっているとはいえ、ダメだ。そんなのは。 そう自分に言い聞かせて私は寝返りを打ち、扉の方を見つめた。 殿下と同じ屋敷の中。男女が同じ屋根の下、というのは本来ならよくないのだろうが。男が極端に少ないこの国ではありうることだ。そんなことを気にしていたら、護衛などできないのだから。 今、その事が完全に裏目に出ている。 もう私は、この檻から出られることはないのだろうな。 ならば、腹をくくるしかないだろうが。 今私がしなくてはいけないのは犯人探しだ。 恋にうつつを抜かしている場合ではない。 そう自分に言い聞かせて、私は目を閉じた。 疲れていたからだろう。あっという間に私は夢の世界へと旅立った。 翌朝。 朝の見回りをした後私邸へと戻ると、朝食のいい匂いが漂ってきた。 女官が朝食を作ってくれているのだろう。 食堂へと向かうとそこには誰の姿もな

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   48 逃げるように

     このままではまずい。 そう思い私は口付けの合間に殿下に向かって言った。「お、お戯れは止めてください」「……僕は本気ですよ、シュエファさん」 愛おしそうに目を細めて言い、殿下は触れるだけの口づけを繰り返す。 なんてもどかしいんだろう。 少し前に、皇帝陛下と情事を重ねたあとの私には物足りなさすぎる。 けれどそんなこと口にできるわけがない。 どうやってこの状況を乗り切るのか、その考えで頭の中はいっぱいになっていた。 だが何もまとまらない。私が本気になればこの場から逃げ出すのはたやすい。だがそんなことをしたら殿下を傷つけてしまうだろう。 身体も、心も。 そう思うと動けなかった。 満足したのか、唇を離した殿下は熱い視線で私を見つめてくる。 そんな殿下に私は、震える声で言った。 「殿下……」「ツァロン、ですよ、シュエファさん」 言いながら彼は私の唇をそっと、指先で撫でる。 そう言われても、名前でなど呼べるわけがない。私は殿下の護衛、なのだから。 私はそんな殿下の手首をそっと掴み、首を振り絞り出すような声で言う。「もう遅いです。お休みになられた方がいいですよ」 これでなんとかこの場をやり過ごしたい。 殿下はにこり、と笑い、「そうですね。では一緒に行きましょう」 と告げ、立ち上がり私に手を差し出した。 その手を拒絶できるわけがなく、私は仕方なくその手を掴む。 立ち上がった私を満足げに見つめ、「行きましょう」 と言い、私の手を掴んだまま歩き出した。 掴まれた手の力は強く、簡単に振り払えそうにない。 まさかこのまま寝所に私を……? そんな考えが頭をよぎるが、そんなはずない、とすぐに否定する。 けれど私の心臓は確実に早鐘をうち、私の頭の中は殿下から逃げる方法を考えるのでいっぱいだった。 だがどう考えても無理だ。そもそも、殺人事件が起き、殿下の私邸に住む、と言い出したのは私ではないか。 今さら逃げられるわけがない。 どうか、このあと何も起きませんように。 私はそう、守護獣に祈り殿下に連れられて階段を上った。 廊下に着き、そのまま殿下は私室へと向かう。その間も殿下は私の手を離そうとはしなかった。 そして、殿下の部屋の前に着く。 このまま私を解放してほしい。そう願う私に、殿下は振り返り言った。「ねえシュエファさ

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   47 口づけ

     湯を浴びて廊下に出ると、案の定殿下が現れ濡れた瞳で私を見つめた。「あの、シュエファさん」 震える声が響き、私の胸に痛みが走る。今、私は殿下の顔をまともに見られない。「はい」 そう短く返事をして私は殿下から視線を外してしまう。 風呂場で確認したが、胸などに陛下の痕がついていた。ということは首にもなにか痕跡が残されているかもしれない。 そう思うと気が気ではなかった。「あの、お茶を用意してあるんですが」 やはりそうなるか。 もちろん断れるはずがなく、私は諦めて顔を上げ、力なく笑った。「ありがとうございます」 礼を告げて私は殿下の後について居間へと入った。 温かな部屋。机の上に並べられた、ふたつの湯呑。それはどちらもいつも殿下が座る長椅子の前に置かれている。 それを見て私は違和感を覚えたものの、当たり前のように殿下が隣を示して、「座ってください」 と言うので仕方なく従った。 私は湯呑を手にし、殿下の方に目を向ける。「お疲れではないのですか?」「あはは、そうですね。でも大丈夫です」 と、疲れた顔で答えて湯呑に口をつけた。 その様子を見て私は、胸にざわめきを感じながら「ご無理はなさらないでください」 と声をかける。 すると殿下は私の方を向いて、「ありがとうございます」 と屈託なく笑った。 その様子を見て私は陛下との違いに戸惑ってしまう。 本当に血の繋がりがあるのか、と疑わしくなるほど殿下は穢れを知らない、真っ白な存在に見える。 絶対に、私と陛下との関係を、殿下に知られてはならない。 隣にいればいるほど苦しくなってきてしまう。 早くこの場を離れなければ。 私は一気にお茶を半分飲み、大きく息をついた。「ねえシュエファさん」 耳に絡みつくような甘い声が聞こえ、私はハッとする。 驚いて殿下の方を見ると、いつの間にか湯呑を机に置いた殿下が私の方にすっと、手を伸ばしてきた。 その手が頬に触れて、顔が近づいてくる。私は殿下から目を離さず湯呑をゆっくりと、机の上に置いた。 これから何が起きるのか。考えると胃の底が冷えるような気がした。 そして、先ほどまでの不安げな顔とは違う、真面目な顔になって言った。「どこで何をしていたんですか?」 静かに、低く響く声に私は内心戸惑ってしまう。「何を、というのは……」 言いな

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   8 見回りの後

     ひと通り屋敷内を周っていると、二階でばたばたと動く音が響く。きっと私が使う部屋の用意をしてくれているんだろう。  殿下は落ち着いただろうか。  そう思い私は、殿下がいる居間に足を向けた。  ヨウラン殿から受け取った資料を持ったままだが仕方ない。  今、部屋に置いていったら女官に見られてしまうだろうから。  居間の扉の前に立ち、私は戸を叩く。  一度叩いただけで、中から殿下の落ち着いた声がした。「どうぞ」「失礼いたします」 腹から声を出して言い、私は扉を開く。  ふわっと漂う匂いに私は心臓が止まるかと思った。  殿下の向かい側。長椅子に腰かけた黒い着物をまとった男性。

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   7 部屋

     女官にお茶と、あいている部屋を使えるようにしてほしいと頼み、私は私邸内を歩いて回ることにした。 殿下はしばらくひとりにしておいた方がいいだろう、と思ったからだ。 年頃の少年――いや、青年が泣いているところを見られるのはいやだろう。私だってそれくらいの気は使える。 私邸内を歩いていると、護衛の兵たちを何人も目撃した。険しい顔をした彼女らは、私邸内に妖しい人物が入り込んでいないかを見張っているのだろう。 私にも厳しい目を向けてくる。 護衛の兵となにも言葉を交わさず、私は二階へと階段を上った。 この私邸は広い二階建だ。一階にはキッチンに女官たちの控室、居間。二階には殿下の私室や寝所、

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   6 事件

     重苦しい空気が流れる中、静寂を裂くように扉を叩く音が大きく響く。 殿下がびくっと大げさに驚いた後、廊下から声が聞こえた。「失礼いたします、殿下。ヨウランでございます。ご報告に参りました」 その男の声に、殿下は安心した様にほっと息を吐いた後、「入れ」 と言った。 ばたり、と扉が開き、神妙な顔をしたヨウラン殿が中に入り、手を胸の前で会わせて頭を下げた。「おくつろぎのところ失礼いたします。先ほどの女官の件でございますが、喉を切られた後、腹を深くやられたようです」 淡々と語るヨウラン殿の説明に殿下も私も、思わず顔をしかめた。 なんと残忍な。 「声を上げぬよう、最初に喉を切った

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   5 犯人は誰?

     宮廷内で起きた殺人事件はふたつ。 一件目は毒殺で、内々で処理された。 二件目の死因はまだわからないが、腹を切られ、血の文字で壁に警告が描かれていた。 ふたつの殺人事件。あまりにも手口が違いすぎるが。 そう思い、私は唇を噛む。 同じ犯人なのか。それとも別の犯人か? そう思い、私は殿下に声をかけた。 「殿下」「はい」「ひとりめの犠牲者の時は、あのような警告文はあったのでしょうか?」 私の問に、殿下は首を横に振る。「僕は現場を見ていないのですが、そういう話は聞いていないです」「そうですか」 その返答に私は首を傾げる。 そうなると、一件目の殺人は本当に殿下への警告だっ

فصول أخرى
استكشاف وقراءة روايات جيدة مجانية
الوصول المجاني إلى عدد كبير من الروايات الجيدة على تطبيق GoodNovel. تنزيل الكتب التي تحبها وقراءتها كلما وأينما أردت
اقرأ الكتب مجانا في التطبيق
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status